【奈良筆】筆造りの技と心に学ぶ!天平のロマン感じる「いいもの」
筆の歴史についてご存知ですか?
熊野、川尻、豊橋など、日本各地に筆の名産地はありますが、日本の筆造りのルーツは「奈良」にあると考えられています。
嵯峨天皇の時代、9世紀に、空海(弘法大使)が唐より毛筆の製造を取得して帰国し、大和の今井の(現・橿原市)筆匠・坂名井清川に伝授したのが始まりと言われています。
奈良の筆は「奈良筆」として、昭和52年10月に伝統工芸品に指定されました。
第3回いいもの見学では、約300年の伝統を持つ、筆専門メーカーの「あかしや」さんにお邪魔しました。
奈良筆の魅力・製造工程はもちろん、今回見学をお願いした伝統工芸士・松谷さんの豆知識も必見です!
1. 約300年の伝統・筆匠あかしやさんにお邪魔しました
2. 「奈良筆」の発祥~昔の筆は紙巻筆!
3. 筆の「毛」どんなものがあるの?
4. 筆の製作工程を見学します。
5. 伝統工芸士・松谷さんに聞く!筆の選び方・使い方
6. まとめ
1. 約300年の伝統・筆匠あかしやさんにお邪魔しました
奈良市、東大寺や春日大社の程近くに、「あかしや」の本社はあります。社内一階にはなんと!筆のショールームがあり、とってもスタイリッシュ。
まずその意外性に驚いて、ショールームの奥へ。
伝統工芸士の松谷文夫さんが筆造りの実演をされていました。
「奈良の采女祭りの美しさ」や、「子どもの頃の鹿との思い出」など、
奈良の魅力も明るく話されました。
ありがとうございます!
あかしやは創業1,716年!300年以上の伝統を持つ老舗メーカーです。ショールーム内にも江戸時代の携帯用の筆や、婚礼道具などがさりげなく展示されています。まるで博物館・・・。
今回、奈良筆の伝統工芸士・松谷文夫さんに奈良筆の製造工程を教えていただきました。
2. 「奈良筆」の発祥~昔の筆は紙巻筆!
冒頭にもあったとおり、9世紀に、空海(弘法大使)が唐より毛筆の製造を持ち帰ったのが筆の起源と言われています。 日本各地に筆の名産地がありますが、なぜ奈良なのか?やはり当時、奈良に都があったからで、当時の嵯峨天皇に持ち帰った筆を献上したと言い伝えられています。
「これ、普段見る筆との違いがわかりますか?」
と、松谷さん。写真では少しわかりにくいかもしれませんが、筆の腰の部分がとてもしっかりしているんです。普段見る筆よりも、少しずんぐりむっくりしている形。
これは、「紙巻筆」といって、筆の腰の部分に紙が巻いてあるとのこと。私たちが普段使う筆は、紙が巻いていないので大体3分の2程度をおろして使用しますよね。
「昔はずっとこの紙巻筆を使っていたんです。紙巻筆は、腰が崩れることはないので安定します。正確に文字を書くための実用的なものです。」
そして驚くことに・・・
「江戸末期までは、この紙巻筆が一般的だったんですよ。」
と、言うことは私たちが使っている筆は想像以上に新しい形、ということになりますね!
「唐の終わりには、すでに中国では紙をまかない筆が作られていました。明治8年の宿帳に、中国の筆師が数名日本にやって来た記録が残っています。当時の日本の筆師は、紙巻筆しか製造方法を知らなかったわけですね。」
では、なぜ明治から急速に筆の需要が上がったのでしょう??
「それはやはり教育ですよ。一般の人も読み書きをするようになった。昔庶民はは文字を日常で書きませんから・・・」
言われてみれば。庶民が筆を日常的に使うようになったのは、本当に最近のことなんですね。納得です!
3. 筆の「毛」どんなものがあるの?
さて、筆の製作工程を学ぶ前に、疑問。筆って高いものから安いものまでありますが、その違いってなんなんでしょう?
松谷さんの答えは明解。「ずばり、使う毛の原料で決まります。」
昔使用された毛は主にうさぎ、たぬき、鹿。現在は使用される毛は、山羊、馬、うさぎ、猫、たぬき、イタチ、鹿、そして人造毛などなど。
「筆の毛の構造は昔も今もほとんど一緒で、芯毛と化粧毛に分かれます。芯毛にはたぬき、イタチ、猫、馬のしっぽなど、弾力のある太い繊維質のものを使用します。メスよりオスの毛の方が弾力がありますね。その周りを覆う化粧毛には、やわらかい、芯毛より細い毛を使用します。」
筆って二構造になっていたんですね!知らなかった・・・。
「うちの猫で筆を作って!と言われても筆になる毛はとれないんですよ・・・」とのことです!
白い毛が化粧毛です。
ここで厭らしい質問ですが・・・一番高い筆の毛って何ですか?
「一番安価なものも最高級のものも、山羊から作れますよ。」
安価なものも最高級のものも、山羊??
山羊の中でも、中国江蘇州の長江下流で飼育されている食用の山羊が筆に適していて、その中でも雄山羊の首筋の一部の毛が絶品とされているそう。逆に背の部分などの毛は上質とはいえないんだとか。
食用だから、筆になる前に食べられちゃうんですね・・・。
「これまで高い筆は300万円なんていうのもあったかな。」
300万円?!超高級筆ですね!!
「値段が高いから良いということではないですよ。自分のレベルに合わせた筆を選ぶことが大事なんです。用途に合った筆選びが一番大事ですよ。」
そうですね!自分のレベルを知ることは、実はとても難しいことかもしれないですね。
4. 筆の製作工程を見学します。
ここで筆の製作工程について教えていただきます。
①毛組(けぐみ)・選別
原毛を用途別に分別、分類した毛を職人の経験で選別します。
②抜き上げ
原毛に櫛を入れて脂がついた毛など、取り除きます。
③毛もみ
もみがらを焼いた灰をかけ、熱を加え直毛にします。直毛にならないときは、5時間くらい炊くことも!
鹿皮で毛を巻き、よく揉んでクセを直します。
④つめ抜き
クセの直った毛を少しずつ抜き取ります。
先と根元が混ざってしまったら・・・。
板の上で小刻みにこするとキューティクルで上下に別れます・・・!
まるでマジック!
⑤先揃え・逆毛とり
毛先を揃え、はんさし(刃のない小刀)で悪い毛を取り除きます。どれくらい取るかは、作る筆の値段と経験。最初から最終的な形を想像して決めるそう。
刃のない小刀・はんさしは、「筆職人の6本目の指」と松谷さん。
⑥平目
揃えた毛を水に浸し整え、寸板で長さを決めます。
⑦形づけ
毛を各寸法に切り、組み合わせ、形を整えます。
⑧練り混ぜ
重ね合わせた毛を練り混ぜ、悪い毛を除去します。7~8回繰り返すのだそう。
⑨芯立て
芯の毛に糊を加え、穂の太さに分けてコマという筒に通します。
分量は職人の勘。昔とあるテレビで、分けた分量を量ったらピタリ全部同じだったそう!
「面白い事考えますよね、テレビも」と笑う松谷さん。
⑩上毛着せ
化粧毛を芯毛に巻き付けます。写真は紙巻筆。
「様になる作業ほど技術はいらないんです」と松谷さん。
「何やってるかわからない作業が一番大事なんですよ」
⑪苧(お)締め
穂の根元を麻糸で縛り、焼きゴテでお尻を焼きます。
「これも様になりますけどね・・・」と松谷さん。
麻の結び方はとっくり結びで。しっかり結ばないと毛が抜ける原因に!
コテが温まる間、歴史の裏話も飛び出しました。松谷さん、疑問を感じるとどんどん調べてしまうそう。「追及する熱意」に感動です・・・。
⑫繰込み(くりこみ)・仕上げ
筆軸の内部を削り、穂を取り付けます。
仕上げにふのりをしっかり染み込ませ、糸を使って絞り出します。
仕上げの糊付けに挑戦!してみました。不器用に輪をかけたような私には、力の調節が難しい!しかしなんとか、「いいんじゃないですか」と言っていただけました。
「もちろん売り物にはなりませんが」と苦笑。
5. 伝統工芸士・松谷さんに聞く!筆の選び方・使い方
前述したとおり、まずは自分のレベル・用途にあったものを選ぶこと。
あかしやにはショールームもありますし、奈良市の観光地からも近いので、機会があれば相談されるのもいいかもしれませんね。とっても贅沢!
そして筆の使い方。松谷さんに聞いてみました。
筆はどれくらいおろして使うのがいいんんでしょう?
太筆なら、3分の2程度をほぐして使用するのがいいようです。
使用した筆は洗わない方がいいんでしょうか?
「洗いすぎず、墨かすをとる程度がいいでしょうね。根元の方まで洗ったりすると形が崩れます。後はよく乾かすこと。湿ったままキャップをつけてしまうお子さんもいますが毛が腐ってしまいます。」
あっ・・・それは私のことです。何も知らずキャップ、つけてました。書道教室や学校で使用される場合は、筆巻で持ち運ぶのが良さそうです。
まとめ
第3回、いいもの見学いかがでしたでしょうか?
私の勝手なイメージで、「300年の伝統を守る」ということは、製造方法をコツコツと正確に受け継ぎ守ること、と考えていました。
しかし今回の見学でそのイメージは一変!
筆のショールームや、絵葉書用の筆、化粧筆やお洒落な書道セットなど、私たちがワクワクするような新しいアイディアを形にし、挑戦されていました。 その熱意はこちらが圧倒されるほど!伝統工芸士・松谷さんのお話で、
「最高の素材に出会った、と思っても、それは今まで見たものの中での最高。人は経験したことの中からしか判断できません。」
とありました。
「300年の伝統を守る」ということは、その時代に合った新しいニーズを生み出すパワーがあってこそなんだと感じました!
これからの奈良は、紅葉の美しいシーズン♪
五重の塔やならまち、春日大社など、できるだけ時間をかけて観光してください。奈良のゆったりとした魅力に気づかれることと思います。
個人的には、奈良の夕暮れがおすすめです。盆地ならではのとっぷりと包み込むような夕焼けは、独特の郷愁を誘って美しいですよ。是非体感ください。
そして、奈良観光のついでに工房見学にも行ってみてくださいね!
最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。